21 人はいつからか秘密をもちます。皆さんも人から隠す必要がなくとも,自分だけが知っていること があるだけで特別な気持ちになった経験があるでしょう。もう一方で,心が重く,偽りの自分を生 きている秘密もあります。本小特集では秘密とかかわる心理学について扱います。 (岩壁 茂)
私の秘密
思春期は,親や先生など身近な 大人に「秘密」をもつようになる 時期だ。何かの出来事や体験を秘 密にするだけでなく,自分の「感 じ方や考え方」を秘密にすること も起こってくる。「自分しか知ら ない自分」を持つことは「自立」 に関わることだからである。 思春期の「秘密」の裏側にはど のような物語が潜んでいるのだろ うか。ふたつの事例をもとに考え ていこう。 反抗期のなかにある「秘密」 Aくんが小1の頃のこと。「夕 飯前なのにチョコ食べたでしょ う」と母が指摘すると,「食べて ないよー」と目を泳がせる。「ほ ら!」と母が指で口元のチョコを 拭って見せると,「へへへ」と笑 う。怒られることがわかっている から,禁を犯した自分を「秘密」 にするため「食べてない」という 「うそ」が口から出てくるのだ。 これは,ごくシンプルな「子ども の意識」での「うそ」である。と ころが「秘密」にもさまざまな段 階がある。 Aくんは中学生になった。ある 日,夕食前にチョコを口の横につ けているのを母に指摘された。小 1のときと同じだ。彼は「食べて ないし」と不機嫌な声を出した。 「うそ!」「食べてねーし」「どう してそんなうそをつくの!」とい うやり取りの挙げ句,彼は「うる せー!」と大きな音を立ててドア を閉め,出ていった。 実は,小学生のときも今回も, このチョコは母親と関係の悪い祖 母が彼に与えたものだった。母は 子育ての方針をなし崩しにする祖 母のことを腹立たしく思ってい た。祖母はお小遣いやお菓子で子 どもの関心をひこうとする。どん なにやめてくれと頼んでも取り 合ってくれない。夫も「別にいい じゃないか」と味方してくれない なか,自分の信じる子育ての筋を 通そうとする緊張感が母親には あった。母親からすると,祖母か らチョコをもらったのは明らかな のに,それを言わないということ は,Aが祖母の側についていると しか思えなかった。その怒りと強 烈な淋しさからAくんの「うそ」 が許せなかったのである。 一方,Aくんは幼いころはわか らなかった家のなかでの母と祖母 との葛藤をこのところヒシヒシと 感じるようになっていた。母が自 分のために一生懸命だということ もわかるが,祖母と居るとほっと 気が抜ける。でも,それが母に とっては不愉快なことだというこ とも今はわかる。だから,チョコ をご飯前に食べたという「秘密」 がばれることは,母よりも祖母 を優先したという,「罪」が明ら かになるという意味も含まれてく る。口の周りに証拠を残したとい う自分の痛恨のミスが祖母と母の 争いの種になるのは嫌だという想 いもあり,Aくんはうそを突き通 そうとしたのである。しかしその 結果,余計に家の空気は悪くなっ てしまった。 彼は,母に対して悪いという想 いもあるがゆえに「うそ」をつか ねばならなかったのだ。なのに母 は執拗に自分を追い詰める。そん な母に腹が立つ。でもこんな気持 ちを言葉でうまく表現できないの が,思春期だ。Aくんなりの母親 に対しての思いやりもその「う そ」には含まれているのだが,大 人の側も,自分の孤独と淋しさに いっぱいいっぱいになっている と,思春期の子どものそんな気持 ちに気づくのは難しい。 家庭の緊張を自分がおどけるこ思春期と「私の秘密」
島根大学人間科学部人間科学科心理学コース 教授岩宮恵子
(いわみや けいこ) Profile─岩宮恵子 鳥取大学医学部精神科での臨床などを経て現職。島根大学こころとそだちの相談センター長を兼任。専門は臨床 心理学,心理療法,思春期臨床,物語論。著書は『増補 思春期をめぐる冒険:心理療法と村上春樹の世界』(創 元社),『好きなのにはワケがある:宮崎アニメと思春期のこころ』(筑摩書房)など。小特集
22 とで緩和させていた感受性の強い 子が,家のなかにある葛藤のあり ようをはっきり意識するようにな ると,道化役は苦しくなる。しか もこのような感じ方や考え方をす るようになっていることは,誰に も言えない「秘密」になる。い や,「秘密」という自覚はないか もしれないが,大きな固まりを胸 に違和感として抱えているため, 不機嫌で怒りっぽくなってしま う。子どものころは,自分の気持 ちの動きなど無自覚に,ただ何と なく感覚的,反射的に行動してい たのに,思春期に入って意識的な 自分が生まれるということは,こ のような苦しみも生むのである。 「秘密」という荷物 Bさんは登校のとき,荷物の 量がとてつもなく多い。大きな リュックを背中に背負い,手提げ カバンもふくらんでいる。 ある日,彼女が何よりも大切に している小説の創作ノートが消え た。パニックを起こした彼女は友 人たちを疑って問い詰めたが,結 局,ノートは彼女の手提げカバン の底から発見された。それ以降, 彼女は学校の居心地が最悪になっ てしまった。 彼女は時代遅れなほど真面目 で固い家族で育った。ところが中 学校に入ったころから,彼女は家 では悪とされている漫画やアニメ に強烈に惹かれるようになってき た。そのような趣味自体,家族に は「秘密」だったが,あるとき友 人から借りた漫画(BL)を発見さ れ,泣いて懇願したが,激怒した 両親に捨てられてしまったのだ。 お小遣いもなかったBさんは, 親の財布からお金を抜き取り,漫 画を買って友人に返した。お金が 減っていることに気づいた親に問 いただされたが,平気な顔でうそ を突き通した。お金を抜き取った ことに彼女は罪悪感の欠片もな かった。借りた漫画を親に捨てら れてしまったということを友人に 「秘密」にするためには,それし か方法がなかったのだから。そし てそれからというもの,自分が好 きなものは絶対に家族に知られて はいけないと,すべての「秘密」 をカバンに詰めて登校するように なっていたのである。 家のなかで安心して「秘密」が もてないとき,子どもは外にその 「秘密」を持ち出すしかない。そ して彼女のように秘密を具体物と して家の外に持ち出すと,なぜか 一番,大切なもの(彼女の場合は ノート)を見失ってしまうという 出来事がよく起こる。大事な日記 を持ち歩いていたら,それを落と し,拾った男子にみんなの前で音 読されたことをきっかけに不登校 になった子もいた。自分の大事 な「秘密」が常に他者によって脅 かされているという強い不安のた め,「秘密」を守るために必死に なっているエネルギーが逆に不注 意を呼び,このような出来事を招 いてしまうように思う。 ところで,彼女は自分の書いた 小説が新人賞をとったと周囲の子 たちに話していた。そういう事実 がないことが明らかだったため, Bさんはうそつきだと,以前から 不信感をもたれていた。このよう な誇大的な自己イメージに酔って いる自分を「中二病」だな……と 客観視している子もいるが,Bさ んにはそのような余裕はなかっ た。彼女は頭のなかでの「中二 病」的な自己イメージを「秘密」 にできず,事実として公開してい たのである。それは他者からは 「うそ」を言っているとしか思え ない。家族に「秘密」にするため のこころのエネルギー消費量が多 すぎたため,脳内で広がっている イメージを「秘密」にすることが できなかったのだ。「秘密」を持 つことが許されず,適切な守りが 薄いなかで育ち,自分のことが好 きになれない子ほど,このような 「うそ」が生じてくるように思う。 このBさんの例よりもはるかに 大変な家族の「秘密」や,自分 自身についての重大な「秘密」を 抱えている子もいる。子どものこ ころでは抱えきれないほどの「秘 密」があると,その子は外の世界 との接触場面で「うそ」をつかね ばならないことが増える。「うそば かりつく子だ」と問題視されてい る子の裏に,言葉にできない大き な「秘密」が存在している可能性 があることも忘れてはならない。 貝の中にある「石」 臨床心理学者の河合隼雄は,「秘 密は,貝の中に投げ込まれた石み たいなものだ」と語っている。貝 (人間)にとっては,石(秘密)は 異物だけれども,それをずっと包 んでいくことで真珠ができあが る。(そして,石がない人は真珠 もできないただの貝だと。笑)。し かし,石が大きすぎると,真珠も できず貝も壊れてしまう。石は, 素晴らしい真珠を生むかもしれな いし,深い傷を負わせるかもしれ ないのだ。 Aくんは家庭内の葛藤を体験す るなかで,繊細な配慮のできる奧 の深い人間になれるかもしれない が,人との関係が濃くなるのを避 けたくなるような傷を受けるかも しれない。Bさんも人の共感を呼 ぶ創作物を生み出せる人になれる かもしれないが,人を信用できず 自分の好きなものを安心して好き と言えない苦しさを抱え続ける危 険もある。このような「秘密」の 両価的なありようをしっかり承知 しながら,私たちは自分の秘密と つきあっていくしかないのだ。